第1回 「働く意欲と能力がある人が働ける社会を作りたい」
木名瀬博社長 インタビュー 働く意欲と能力がある人が働ける社会を作りたい みなさんは僕なんかよりずっと優秀です みなさんとSBFはフラットなパートナーです
ソフトブレーン・フィールド(以下SBF)を率いる木名瀬博社長とはどんな人なのでしょうか?どんな思いをもって、SBFを立ち上げたのでしょうか?SBFのキャストに何を求めているのでしょうか?その答えをひもとくインタビューが、全3回で連載されます。第一回は、水戸の酒屋の次男として生まれた博少年が、社長になるに至った経緯を聞きました。
interview

木名瀬さんは、どんな少年だったんですか?

成績もルックスもよくないし、足が速いというように、若いときから発揮できる才能がほとんどありませんでした。
だからか、ものすごくシャイで、人前で喋ることが大の苦手。授業では、手も挙げられないくらいでした(笑)。
その頃の自分が、今みたいに人前で喋る私を観たらビックリすると思います。
ただ、自分は大器晩成型で、きっと年を取ってから世の中にとってなくてはならないことをするだろうなと、
漠然と思っていたんですよ。

なぜ“大器晩成型”と?

コツコツと努力し続けていけば、自分がやるべきことをやるべきタイミングで実現できると信じていたんです。
私の信条は「誠実に生きる」。
嘘いつわりなく真面目にやっていけば、自分が必要とされるときが来ると思っていたんです。
SBFもまさにそういう流れで形作られたものだと思っています。

木名瀬さんは1988年にアサヒビールに入社、2005年に社内の独立支援制度を利用してSBFを設立します。
それこそが「必要とされたから」ということなのですね。経緯を教えてもらえますか?

本当にかいつまんで言いますね。
当時、私が取締役を務めていたアサヒフィールドマーケティングという子会社に
1500人いたマーケティングスタッフを、3分の1に削減しろと言われたことに納得がいかなかったんです。
新入社員よりも、下手な30代よりもずっと優秀で、会社に貢献しているのに、
パートということだけで切られてしまうなんておかしいですよね?
しかも、転職しようにも、40代になると年齢でひっかかって履歴書の段階で落とされて、
会ってすらもらえないそうなんです。
働く意欲も能力もある人が働けない、今の雇用の仕組みがおかしい。
それを変えるには、自分がその仕組みを作るしかない。そう思い、SBFを立ち上げました。

なるほど。気付いてしまったんですね。

アサヒビール時代は一課長に過ぎなかったかもしれませんが、
出向先の子会社では取締役として1500人を抱えていました。
それが、数百人のクビが切られてるというのに、自分はのほほんとそこに残っていいのだろうか?
それで悔いはないだろうか? とも思ったんです。
これは、彼女たちが可哀想、という同情じゃないんです。
彼女たちが優秀で、その能力を生かす方法を自分が知っているのに、それを放っておいていいのだろうか?
という義務感や責任感、言い換えれば使命感のようなものでした。

それで、「反対されても独立します!」と啖呵を切って、
アサヒビールの経営陣にSBF設立のプレゼンをしたんですね(笑)。

何度も企画書を突き返されて、いろいろなことを調べて、練り直しました。
先進国の労働力率を調べてみると、グラフがM字カーブを描くのは日本だけなんです。
30代、40代の女性が家へ入ってしまうから、そこの部分が凹んでしまう。
他の国は下がったとしてもほぼ台形。電卓をたたいて計算してみたら、
その凹みの部分には、約100万人がいるという数字が出ました。
他の国であれば社会のために働いていておかしくないこの100万人に雇用創出できなくて誰をするんだ?
と思ったんです。働きたいという意欲のある人が働ける、ひとつの働き方の形を作ることが、
私の大きなモチベーションでした。

そして、SBFの設立に至ります。

会社を設立するときに、将来どんな会社を目指すのかを考えました。
そこでイメージしたのは、“水”です。
当たり前のようにあるけれど、なくなると不便だなぁと感じる存在。
蛇口が携帯電話で、ネットワークが水道管。
常に仕事の情報は水のように流れていて、
自分が必要なときだけ蛇口を開けばいいような仕組みを作りたいなと思ったんです。

水の例え、すごくわかりやすいです。

日本は、女性が子育ての時期に一度仕事を離れると、再び正社員として仕事に戻りにくい社会構造になっています。
正社員はもちろん、派遣だって難しい。
そういう人たちが、私たちの提案するキャストという仕事を、もういちど仕事に戻るための踏み台、補助段のように使ってもらえたらいいなと思うんです。
最初は、単に調べるだけの仕事からスタートできますし、徐々に、お店の人とコミュニケーションをとる営業的な仕事にも幅を広げられる。そこで自信がつけば、他社に本格的に就 職してもいいし、実際、そういう方もいらっしゃいます。
女性が社会復帰するための助走部分として、うちが機能できればと思います。

木名瀬さんがSBFを設立したのは、会社を作るため、もしくは社長になりたいといった動機ではなく、自分がやるべきことを実現するには会社を作るしかなかったから。
第2回では、木名瀬さんが主婦の方々、さらには女性の能力をどう考えているのかについて、さらに詳しく迫ります。

(聞き手 須永貴子)
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